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2012年1月20日 (金)

Bellmare VICTORY Vol.44                      ~湘南ベルマーレフットサルクラブ No.10 豊島 明~

J【サッカー】F【フットサル】 

併せ持つベルマーレだからこそ 実現できる夢がある

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サッカーとフットサルの違い
 最初にフットサルを知ったときは、『ミニサッカー』という認識でした。マリノスの下部組織でサッカーの経験もあったし、ある程度プロの世界も見ていたので「できるだろう」という自信もありました。でもやってみたら全然ちがった。同じ“フットボール”というカテゴリーでも名前が違うように『違うスポーツ』だったんです。
 始めたころは、ボールを触ることもままならない状態でした。プレーをする上での大きな違いは、『トラップ』(自分のところへ来たボールを足や胸などを使ってコントロールする技術)です。低めの速いパスがきたとき、サッカーのようにインサイド(足の内側、土踏まずの少し上)で止めると、どうしてもボールが跳ねてしまう。フットサルは、スペースが狭いので相手選手との距離が近い。少しでもボールが身体から離れると、相手が近くにいるので簡単にボールを取られてしまうんです。だからフットサルはボールをさばくのに足の裏を多く使う。足の裏をうまく使ってピタッとボールを止められれば、ボールも取られないし、一瞬の間に周りを見ることもできます。サッカーなら、多少トラップミスでボールが転がっても、自分でリカバーできるけれど、フットサルにはそれが通用しない。少しの判断ミスで、すぐにボールを取られ、悪くすれば失点につながってしまいます。サッカーではあまりやらない“足の裏でボールをなめる”プレー。これできるかどうかで、素人か否かがわかってしまいます。
フットサルの世界へ
 その頃はまだ、プロサッカー選手になることを志していたので、サッカーの練習ができない日にフットサルのチームに練習をさせてもらっていました。のちに湘南ベルマーレフットサルクラブの前身であるP.S.T.C. LONDORINA(ロンドリーナ)になる「エスポルチ藤沢」というチームです。しばらくそんな生活を続けていましたが、クラブチームのテストを受けながらサッカーを続けていくのも正直、厳しい状況でした。逆にフットサルをとりまく環境は、目に見えて良くなっていきました。全国にフットサルコートができ始め、競技人口も増えた。チームにはスポンサーがつき、ウェアやシューズなども提供してもらえるようになっていました。真剣に上を目指して練習に取り組むチームメイトに刺激された、というのもあります。そんな後押しもあって、フットサル1本でやっていく決心を固めたのです。21歳のときでした。
ふたたびブラジルへ
 エスポルチ藤沢に所属していたメンバーで結成されたロンドリーナは2年目で関東大会優勝、3年目には全日本フットサル選手権で優勝を果たしました。その後、僕は、今度はフットサルの選手として、ふたたびブラジルに渡ります。
 ブラジルではフットサルのプロチーム「CASCAVEL」で1シーズンプレーしました。全日本で優勝していたし、ベースにはサッカーの経験もある。ある程度は通用するだろうと思っていたら、とんでもない間違いでした。考えてみれば、日本のアマチュアチームには指導者もいなくて、戦術はビデオを見ながら独学で考える。そんなレベルで、ブラジルのプロチームに飛び込んでしまったのです。基本的な戦術もわからない、専門用語も理解できない。”日本からなにも知らないお客さんがきた(笑)”という感じで、最初の3ヶ月はまったく話にならなかった。唯一、ポルトガル語で片言の日常会話くらいはできたので、まずチームメイトとコミュニケーションができるように専門用語(ピッチの中で掛け合う言葉)を覚えました。意思の疎通ができるようになってからは、自分でもはっきりわかるくらいチームにフィットしてきました。攻撃は相手を抜いて1人でシュートまでいくこともできるのですが、ディフェンスは、マークの受け渡しに仲間同士の声かけが不可欠です。それができて初めてチームメイトから認められ、信頼されるようにもなったのです。
 その1シーズンで10年分くらいの経験をさせてもらいました。10試合足らずですが公式戦にも出場し、終盤にはその州の選手権で優勝を争う緊迫したゲームでプレーすることもできました。

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アカデミーでフットサルを指導
 帰国してからは名古屋オーシャンズの前身「BANFF」を経て、LONDRINAが「湘南ベルマーレ」としてFリーグ参戦するタイミングで古巣に戻ってきました。Fリーグでは名古屋オーシャンズだけがプロチームですが、そのほかのチームはまだプロ化していません。ですから僕もベルマーレフットボールアカデミーでコーチの仕事をしながらプレーをしているんです。チームメイトのボラやジオゴもコーチとして働いています。僕が担当しているのは、小学生のスーパークラス。今は4年生から6年生のスクール生にフットサルを教えています。
 サッカー選手が早い時期からフットサルのトレーニングを併せて行ったり、フットサル出身の選手がサッカー選手になるのは、サッカー先進国では珍しいことではありません。昨年のクラブワールドカップで話題になったサントスFC(ブラジル)のネイマール選手も7歳の頃からフットサルに熱中し、そこで卓越した技術を培ったといわれています。さきほどサッカーとフットサルの違いについて話したようなトラップしたときにボールをコントロールする技術や、細かなステップ、状況判断、攻守の切り替えなどのフットサルのテクニックは、サッカーにおいて局面を打開するための強力な武器になるのです。とくにDFが整備された近年のサッカーでは、プレスをかけられた狭いスペースから個人技で突破する能力を求められます。ここで狭いコートの中でボールを奪い合うフットサルの技術が生かされるのです。
 サッカースクールの小学生たちに、フットサルの日本のトップリーグの選手が指導できるのも、JリーグとFリーグのチームを併せ持つ唯一のクラブ、湘南ベルマーレだからこそです。そして子どもたちとっても幅広い技術を学べるの同時に、プレーヤーとしての選択肢も広がります。湘南ベルマーレの特色として大きな可能性をもった取り組みだと思います。 
湘南ベルマーレ、リーグ終盤の戦い
 僕はALAという守備的なポジション。身体を張って相手にプレスをかけ、ボールを奪って攻撃の起点となります。そこからうまく連動してゴールまでいけるようなイメージをもってパスを出す。がつがつ点を取りに行くのではなく、全体のバランスをとる「バランサー」といった役割です。チームがどうしたら良くなるか、味方の調子を見ながら相手の弱点を探り、分析しながらプレーしています。
 今、チームは終盤に向かって好調をキープしています。残り試合、ひとつでも上の順位に行くために、そして全日本選手権へとつなげていくためにも結果を出したい。
応援してくれるサポーターのみなさんと、気持ちをひとつにして、勝利を積み重ねていきたいと思っています。
                           (インタビューは2012年1月6日に実施)

豊島 明 (とよしま あきら) Profile

1979年9月3日生まれ(32歳) 出身地/神奈川県横浜市
小学校4年からサッカーを始め、中学2年で横浜F・マリノスのジュニアユース、高校でユースに所属。Jリーガーを目指すもトップチームへの昇格はならず、Jリーグチームのテストを受けながらサッカーを続ける。19歳でブラジルに渡り、サッカークラブ「Cruzeiro」のテストに合格。半年間プレーするもビザが取得できずに帰国。その後、サッカーとフットサルのトレーニングを並行していたが、21歳からフットサル1本に絞ってプレーしている。
ポジション/ALA、FIXO  171cm / 66kg

ベルマーレOBらが、チャリティマッチ

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高田保則さん、柿本倫明さんらOBに菊池・髙山・永木選手ら若手現役選手も加わってプレー

2011年12月25日、Fリーグ第21節の試合前に「クリスマスチャリティエキシビションマッチ」が開催されました。Jリーグ 湘南ベルマーレOB選手による「湘南ベルマーレOB」と競技種目を越えたメンバーによる「クリスマスオールスター」による対戦、懐かしい、また豪華な顔ぶれに会場が沸きました。

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フットサルOBの関 新選手(左)とサッカーOBの北島義生さん

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